日刊九州USA All articles
カルチャー

おせちもお雑煮も「ここがわが家の流儀」——アメリカで正月文化を守り続ける家族たちの365日

日刊九州USA

12月31日の夜、カリフォルニア州サンノゼに住む田中奈美さん(仮名・42歳)の自宅では、毎年恒例の「仕込み」が始まる。黒豆を水に浸し、昆布だしをとり、市販の伊達巻に手作りの栗きんとんを添える。「完璧なおせちじゃないけど、これが私たちの正月なんです」と彼女は笑う。

アメリカで生まれ育った長女(14歳)は、大晦日に友人たちとカウントダウンパーティーに行きたがる。「なんで私だけ家にいなきゃいけないの」——その言葉が毎年、奈美さんの胸に刺さる。

「正月」という文化の重さ

日本の正月は、単なる年越しイベントではない。初詣、おせち料理、お年玉、家族が一堂に会する時間——それぞれに意味があり、積み重なった記憶がある。日本で育った親世代にとって、それは「当たり前」であり、子どもたちに伝えたい大切な何かだ。

しかしアメリカでは、正月は平日扱いの場合も多く、学校は1月2日か3日には始まる。お正月を祝う文化的な「空気」がない中で、家庭だけで伝統を維持するのは想像以上に孤独な作業だ。

テキサス州ヒューストン在住の松本一家は、夫婦ともに日本出身。息子ふたりはアメリカ生まれで、上の子は今年17歳になる。父親の健司さん(仮名・48歳)は「息子たちにとって、正月はもう『日本語クラスの課題』みたいな感じになってきた」と苦笑いする。「形だけ残っても意味がないと思い始めて、去年から少しやり方を変えました」

「ハイブリッド正月」という選択肢

変化を選んだ家庭は少なくない。ニュージャージー州のベルゲン郡に住む伊藤家では、元旦の朝にお雑煮を食べたあと、午後はアメリカ式のブランチに切り替える。「お雑煮だけは絶対に続ける、それが私たちのルール」と母親の由美さん(仮名・39歳)は言う。「でもそのあとはベーグルでもいい。子どもたちが『正月って楽しい』と思ってくれることのほうが大事だから」

シカゴ在住の森田家は、毎年「正月ゲームナイト」を取り入れている。百人一首と花札を子どもたちに教え、ゲームの前後に日本の正月の意味を話す時間を設けるようにした。「最初はぐずっていた子どもたちが、今は『今年も花札やろう』って言ってくれるようになりました」と父親の誠さん(仮名・45歳)は嬉しそうに話す。

「お年玉」が最強の交渉カードになる話

取材中に何度も出てきたのが「お年玉」の話だ。アメリカの子どもたちにとって、クリスマスプレゼントとお年玉という「ダブルボーナス」は、正月を受け入れる大きなモチベーションになっている。

「正直に言うと、うちの子どもたちはお年玉があるから正月に参加してくれてる部分もある」と笑うのは、ロサンゼルス在住の高橋さん(仮名・44歳)。「でも、そこから少しずつ話を広げていけばいい。お金をきっかけに文化を伝えるのも、ひとつの手だと思ってます」

親世代の「罪悪感」について

取材を通じて印象的だったのは、多くの親が「ちゃんとやれていない」という罪悪感を抱えていることだった。おせちを手作りできない、神社がないから初詣ができない、子どもが乗り気じゃない——そのひとつひとつが、自分の「日本人としての失敗」のように感じられるという。

ただ、子ども側の視点は少し違う。取材に応じてくれた高校生の日系アメリカ人、リョウさん(仮名・16歳)はこう言った。「お雑煮の味とか、元旦に家族で過ごす感じとか、大人になってから意外と好きだなって思い始めた。友達には説明しにくいけど、自分の中では大事なものになってる気がする」

アメリカで「正月を続ける」ための実践的なヒント

取材した家庭の声をもとに、いくつかの工夫をまとめてみた。

1. 「これだけは」を決める すべてを完璧にやろうとせず、「お雑煮だけ」「お年玉だけ」「元旦の朝食だけ」という「ミニマム正月」を設定する家庭が増えている。継続することが最優先。

2. 子どもに「役割」を与える おせちの一品を子どもに担当させたり、お年玉袋を子どもに選ばせたりすることで、受け身ではなく「参加している」感覚を持たせる。

3. 日系コミュニティのイベントを活用する 全米の日系コミュニティセンターや日本語補習校では、元旦や松の内に「お正月まつり」を開催している場所も多い。家庭だけで完結しようとせず、地域の力を借りるのも手だ。

4. 「なぜやるか」を言葉にする 「昔からやってるから」ではなく、「これはおばあちゃんが大切にしてきた習慣で、あなたにも知っていてほしいから」という言葉で伝える。背景を知ることで、子どもの受け取り方が変わることもある。

正月は「記憶の装置」かもしれない

奈美さんは取材の最後にこんなことを言った。「完璧な正月じゃなくていいと最近は思ってる。でも、子どもたちが大人になったとき、『お母さんがお雑煮を作ってくれた』って記憶だけでも残ってくれたら、それで十分かなって」

アメリカで日本の正月を続けることは、文化の「保存」ではなく、家族の記憶を手渡す行為なのかもしれない。形が変わっても、その温かさが次の世代に届くなら——それがこの国での「お正月」の意味になっていく。

All Articles

Related Articles

「好きな人ができた。でも、親にどう話せばいい?」——日系アメリカ人のパートナー選びに潜む、文化という名の方程式

「頑張っても本社には届かない」——日系企業のアメリカ人社員が抱える、見えない天井の正体

「頑張っても本社には届かない」——日系企業のアメリカ人社員が抱える、見えない天井の正体

七夕に短冊を飾り、ひな祭りに甘酒を飲む——アメリカで「和の季節」を次の世代へ渡すひとたち