「好きな人ができた。でも、親にどう話せばいい?」——日系アメリカ人のパートナー選びに潜む、文化という名の方程式
マヤ・タナカさん(仮名・29歳、ロサンゼルス在住)は、2年間付き合ったメキシコ系アメリカ人の彼氏を両親に紹介したとき、母親から開口一番こう言われた。「日本語、話せる人なの?」
「日本語が話せるかどうかが最初の質問って……」と彼女は苦笑いする。「彼は優しくて、誠実で、私のことをちゃんと見てくれてる。でも母にとっては、まず『日本人かどうか』が問題だったみたい」
これは特別なケースではない。アメリカで育った日系の人々の間で、パートナー選びにまつわる「文化的なプレッシャー」は、世代を超えて静かに存在し続けている。
「日本人と結婚してほしい」という親の本音
今回、複数の日系アメリカ人(20代〜40代)に話を聞いた。親世代から「日本人の相手を」と言われた経験を持つ人は、想像以上に多かった。
シアトル在住のケンジ・ワタナベさん(仮名・34歳)は、白人系アメリカ人の女性と結婚している。「親は最終的に受け入れてくれたけど、最初は『言葉が通じるの?』『文化が合うの?』って質問攻めだった」と振り返る。「でも考えてみれば、親が心配してたのは『文化の違い』じゃなくて、自分たちが孫と深くコミュニケーションできるかどうかだったんだと思う。今は妻も少し日本語を勉強してくれてるし、子どもには日本語を教えてる。それで親も安心したみたい」
一方、日本から来た「新一世」の親を持つ場合は、また事情が異なる。カリフォルニア州フリーモント在住のアキコ・ヤマダさん(仮名・31歳)は、両親が日本生まれで自身はアメリカ育ち。「親は日本語で話したい、日本の常識で話したい。だから相手にも、ある程度それが分かってほしいって思ってる。それはわがままじゃないと思うけど、私自身は別にそれを相手に求めてない」と言う。
「同じ文化の人と付き合えば楽」は本当か
日本人同士、あるいは日系同士でのカップルなら問題は少ないのか——取材してみると、必ずしもそうではないことが分かった。
ニューヨーク在住のリョウ・イシダさん(仮名・37歳)は、日本から来た女性と結婚した。「最初は『分かり合えるだろう』って思ってたけど、実際には価値観の違いがすごくあった」と話す。「彼女は日本の『妻はこうあるべき』という感覚を持ってきた。私はアメリカで育ったから、家事も育児も対等にやりたい。文化が同じでも、育った環境が違えば、すれ違いは起きる」
逆に、異文化カップルでも「思ったより大丈夫だった」という声もある。フロリダ州マイアミ在住のユキ・モリさん(仮名・33歳)はブラジル人の夫と暮らしている。「ブラジルも家族を大切にする文化だから、日本的な価値観と意外と合う部分が多い。お互いの文化を尊重しながら、自分たちの新しいルールを作っていく感じが楽しい」
子どもへの「文化伝承」という新たな問い
パートナー選びの話をするとき、子どもがいる、あるいはいつか持ちたいと考えるカップルの間では、「文化をどう伝えるか」という問いが必ず出てくる。
「日本語を話せる家庭にしたい」「和食を食べさせたい」「日本の行事を体験させたい」——こうした希望は、相手の文化背景によって実現のしやすさが大きく変わる。
テキサス州ダラス在住の中村夫妻(ともに仮名)は、夫が日系三世、妻が韓国系アメリカ人。「うちには日本語も韓国語も英語も飛び交ってる」と笑う妻のソンヒさん(仮名・35歳)。「子どもにとってはアイデンティティが複雑になるかもって心配したこともあるけど、今は『いろんな文化を知ってる』ことが強みになると思ってる」
夫のタカさん(仮名・36歳)は「日系三世の自分でも、日本語はほとんど話せない。だから子どもに日本語を教えるのは、自分自身の課題でもある」と正直に話す。「妻と一緒に、お互いのルーツを学び直してる感じ。それはそれで悪くない」
世代が変わると、「条件」も変わる
面白いのは、世代によって「相手に求めるもの」が明らかに変化していることだ。
親世代(50代以上)の多くは「同じ文化・言語」を重視する傾向がある。一方、30代以下の日系アメリカ人に話を聞くと、「価値観が合うかどうか」「自分のアイデンティティを尊重してくれるか」を最優先に挙げる人が多かった。
「相手が日本人かどうかより、私が日本文化を大切にしてることを理解してくれるかどうかのほうが重要」と語るのは、ワシントンD.C.在住のナオ・フジタさん(仮名・27歳)。「日本語が話せなくても、私の家族のやり方を尊重してくれる人なら、それでいい」
この感覚は、「日本人でもアメリカ人でもない」という複数のアイデンティティを生きてきた世代ならではのものかもしれない。
「正解」のないパートナー選びを、どう歩くか
取材を通じて感じたのは、日系アメリカ人のパートナー選びには「正解」がないということだ。日本人と結婚すれば文化伝承が楽になる部分もあるが、価値観のズレが生まれることもある。異文化の相手と結ばれれば新たな豊かさが生まれるが、家族間の調整が増えることもある。
大切なのは、「どの文化の相手か」という外側の条件よりも、「自分が何を大切にしていて、相手はそれを尊重してくれるか」という内側の問いかもしれない。
マヤさんは、あの日の母親の質問について、今はこう解釈している。「母は日本語が通じるかを聞いたんじゃなくて、孫と話せるかを心配したんだと思う。今は彼も少しずつ日本語を覚えてて、母と片言で話してる。それを見てると、なんか、ちゃんとうまくいってるなって思う」
どんな選択をしても、その関係を育てていくのは結局、当事者たちだ。文化は「条件」ではなく、一緒に育んでいく「共同作業」なのかもしれない。