バイリンガルの罠——「日本語できます」がキャリアの天井になる日
「日本語が話せる」だけで採用された、その後
ニューヨークで働く山田ジュリアさん(34歳)は、大学卒業後に日系メーカーのアメリカ法人に入社した。採用の決め手は、流暢な日英バイリンガル能力だった。当初の仕事内容は「営業サポート兼コーディネーター」——聞こえはいいが、実態は本社(東京)とアメリカ側の間に立つ翻訳・連絡係だった。
「最初の2年は新鮮だった。でも3年目に気づいたんです。私、全然成長してないって」とジュリアさんは話す。昇進の話が出るたびに「あなたは今のポジションが一番活きる」と言われ続けた。日本語ができるがゆえに、そのポジションから動かしてもらえなかったのだ。
これはジュリアさんだけの話ではない。シリコンバレーからロサンゼルス、シカゴまで、日系企業や日本との取引が多い会社で働く日本語話者の間で、似たような経験談は珍しくない。
なぜ「日本語スキル」はキャリアの踏み台にならないのか
サンフランシスコを拠点にキャリアカウンセリングを行う橘ケイコさんは、日系プロフェッショナルのキャリア相談を10年以上続けてきた。彼女によると、「Japanese Speaker Required」の求人には構造的な問題が潜んでいることが多いという。
「企業側がその役職に求めているのは、日本語スキルそのものであって、その人のキャリア成長を支援するつもりがないケースが多い。採用する側は『この人がいれば日本とのやりとりがスムーズになる』と考えているだけで、その先のキャリアパスを設計していない」
特に問題になりやすいのが、日系企業のアメリカ法人だ。意思決定の多くが東京本社に集中しており、現地スタッフがどれだけ優秀でも、重要なポジションには日本から派遣された駐在員が就くことが多い。その「通訳・橋渡し役」として重宝されるのが、バイリンガルの現地採用社員というわけだ。
転職で突破口を開いた人たちのリアル
ロサンゼルスでマーケティングマネージャーとして働く鈴木ダニエルさん(38歳)は、かつてジュリアさんと同じような状況に陥っていた一人だ。日系商社に6年勤め、語学力を評価され続けたが、昇進は一度もなかった。
転機は、思い切ってアメリカ系企業に転職したことだ。「日本語スキルは『プラスアルファ』として売り込んだ。メインの強みはマーケティング経験だと最初から明確にした」とダニエルさんは言う。現在の会社では、日本市場への展開を担当するチームのリーダーを務めており、日本語能力は「専門性の一部」として機能している。
橘さんも同様の戦略を勧める。「バイリンガルスキルは、あくまで専門性を補完するものとして位置づけることが大切。履歴書にも面接でも、『私は〇〇の専門家であり、日本語も話せる』という順番で提示してほしい」
求人票を「読み解く」技術
橘さんが相談者にまず教えるのは、求人票の「読み方」だ。「Japanese Speaker Required」という文言が出てきたとき、確認すべきポイントがいくつかある。
その役職の上位ポジションは何か? 求人票に書かれたポジションの上に、どんな役職があるかを調べる。もし上位ポジションがすべて「Japan-based」や「Headquarters」となっていれば、現地でのキャリアアップは期待しにくい。
日本語スキルはどの程度「必須」か? 「Required」と「Preferred」では意味が大きく違う。「Preferred」なら、日本語は差別化要因であり、本来の業務内容でのキャリアアップが見込める可能性が高い。
その会社の日系社員の昇進実績は? LinkedInで現在・過去の社員を調べ、日本語話者がどのようなキャリアパスを歩んでいるかを確認する。これは面接前にできる、最も有効なリサーチの一つだ。
バイリンガルスキルを「資産」に変えるための3つの戦略
橘さんと、複数の転職成功者の話を総合すると、バイリンガルスキルを活かしながらキャリアを伸ばすための戦略は大きく3つに整理できる。
1. 専門性を先に磨く ファイナンス、エンジニアリング、マーケティング、法務——どの分野でも構わない。「日本語ができる〇〇の専門家」という肩書きを作ることが最優先だ。語学だけが売りになっている状態は、長期的に見てリスクが高い。
2. 「日本市場の専門家」として売り込む 単なる「日本語話者」ではなく、「日本のビジネス文化・市場を理解したプロフェッショナル」として自分を定義し直す。日本企業との交渉経験、日本市場での実績、日本のトレンドへの知見——これらをセットで売り込めると、希少性が一気に上がる。
3. ネットワークを日系コミュニティの外にも広げる ジャパン・ソサエティやJBAなど日系ビジネス団体のイベントは有益だが、それだけに留まらないことが重要だ。業界全体のカンファレンスや、アメリカ人・他の国際的なプロフェッショナルとの交流を通じて、「日本語話者」という枠を超えた存在感を作っていく。
言語は「ドア」であって「部屋」ではない
ジュリアさんはその後、アメリカ系のテック企業にビジネスデベロップメントの担当として転職した。日本語能力は「アジア太平洋地域の担当として有利」という形で評価されたが、それはあくまで専門性の「おまけ」だった。
「日本語はドアを開ける鍵だった。でも、部屋の中で何ができるかは、別の話」と彼女は言う。その言葉は、バイリンガルとしてアメリカでキャリアを築こうとしている多くの人に刺さるはずだ。
言語は、あなたをどこかへ連れて行ってくれる。でも、その先で何者になるかは、自分で決めるしかない。