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「日本人でもアメリカ人でもない」——Z世代の日系アメリカ人が本音で語る、ふたつの文化を生きること

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はじめに:「どっちでもある」という難しさ

アニメが世界を席巻し、日本食がヘルシーフードとしてもてはやされ、「日本っぽい」ものへの関心がかつてないほど高まっている。でも、実際に日系アメリカ人として育った若者たちにとって、その「ブーム」はどう映っているのだろう?

今回、日刊九州USAでは、ロサンゼルス、シアトル、ヒューストンにそれぞれ住む20代の日系アメリカ人4人にオンラインで集まってもらい、ざっくばらんに話してもらった。参加したのは、日系三世のアヤ・ナカムラさん(25歳・LA)、日米ハーフのケン・ヨシダさん(23歳・シアトル)、日本生まれアメリカ育ちのサチ・イシカワさん(28歳・ヒューストン)、そして日系四世のマイク・タナカさん(26歳・LA)の4人。

「日本人なの?」という質問の重さ

アヤ: 小さい頃から「あなた日本人なの?」って聞かれるたびに、どう答えるか迷ってたんですよね。「日系アメリカ人です」って言っても、「じゃあ日本語しゃべれる?」ってなって、うまくしゃべれないと「あ、じゃあアメリカ人か」みたいな。日本人からも、アメリカ人からも、なんか「本物じゃない」って思われてる感覚がずっとあった。

ケン: わかる、すごくわかる。僕は母が日本人で父がアメリカ人だから、見た目も「どっちつかず」で。アジア系のコミュニティの中でも、「ハーフだから」って少し距離置かれることもあったし。でも逆に、白人の友達の中でも「アジア人枠」みたいに見られることもあって。どこにも完全に属せない感じ、みんなある?

サチ: 私は日本で生まれて6歳でアメリカに来たから、また少し違くて。日本語はネイティブレベルで話せるけど、アメリカの学校に入ったとき最初は全然ついていけなくて、それがすごくトラウマになってる。でも今は逆に、日本語が武器になってる感じがして、それはよかったなって思う。

マイク: 僕は四世だから、もう日本語は全然できないし、日本に行ったこともほぼない。でも、姓がタナカだし、見た目もアジア系だから、「日本人代表」みたいに扱われることがある。それが正直しんどいときもある。

SNS時代の「日本文化ブーム」をどう見る?

マイク: TikTokとかで日本文化がバズるじゃないですか。抹茶スイーツとか、神社の映像とか。それ自体は嬉しいんだけど、なんか……消費されてる感じもするんですよね。「かわいい」「クール」で終わっちゃう感じ。その文化の中で生きてきた人たちの複雑さとか、歴史とか、そういうのが見えなくなる気がして。

アヤ: わかる。でも私は最近、その「ブーム」を逆に使ってやろうって思い始めてる。インスタで日系アメリカ人の歴史とか、自分の家族の話を発信してたら、フォロワーが増えてきて。「日本カルチャー好き」な人たちが入口になって、もっと深い話に興味を持ってくれるようになってきた。

ケン: それ、すごくいいと思う。ポップカルチャーが入口になって、歴史や文化の深いところに繋がっていく感じ。僕もYouTubeで日本語と英語のバイリンガルコンテンツをやってみようかなって考えてて。

サチ: 私はちょっと複雑で……。日本のコンテンツがバズるのはいいんだけど、日本にいる人たちと、日系アメリカ人の私たちって、全然違う存在じゃないですか。でも外から見ると一緒くたにされちゃう。その違いを、ちゃんと伝えていきたいなって思う。

家族との関係——世代を超えた価値観のギャップ

アヤ: うちの祖父母はね、「日本人らしく」ってことをすごく大事にしてた。礼儀とか、謙虚さとか。それは今でも大切にしてるつもりだけど、アメリカで育つと「もっと自己主張しなきゃ」って場面も多くて、そのバランスが難しいんですよね。

マイク: うちの親は「アメリカ人として生きろ」って感じで、日系であることをあまり強調しなかった。だから逆に、大学に入ってから「自分のルーツって何だろう」って急に気になり始めて、日系アメリカ人の歴史——強制収容所のこととか——を自分で調べ始めた。

サチ: 日本の親世代って、感情をあまり表に出さないじゃないですか。「愛してる」とか「誇りに思う」って直接言わない。アメリカに来てから、友達の家族がすごく言葉で愛情表現するのを見て、最初はびっくりした。今は、うちの家族もそういう文化に少しずつ慣れてきてるけど、それが「良いことなのか」ってたまに考える。

ケン: 僕は日米ハーフだから、両方の家族の文化がリビングルームの中で常にぶつかってた(笑)。大変だったけど、今思えばそれが一番いい教育だったかも。どちらの価値観も「絶対」じゃないって、自然に学べたから。

キャリアと「日系であること」

サチ: 就活のとき、日本語スキルを前面に出すか迷ったんですよね。「アジア人っぽく見られたくない」って無意識に思ってた自分がいて、それに気づいたとき、ちょっとショックだった。

アヤ: それ、すごくリアル。私も最初はそうだった。でも今は逆に、日系であることをキャリアの武器にしたいって思ってる。日米のビジネス文化を両方わかる人間って、実はすごく需要があるって気づいてから、意識が変わった。

マイク: 僕はエンジニアなんだけど、テック業界ってアジア系が多いから、そういう意味では「日系だから不利」って感じたことはあまりない。でも、リーダーシップの場面になると、まだまだアジア系って少ない気がして、そこは意識的に動かないといけないなって思ってる。

「ふたつの文化」は重荷じゃなく、武器になる

2時間近く話し続けた4人に最後に聞いた。「今、自分のアイデンティティをどう定義してる?」

アヤ: 「日系アメリカ人」という言葉が一番しっくりくる。日本人でもなく、ただのアメリカ人でもない、その「間」こそが自分だって、最近ようやく思えるようになった。

ケン: 僕はまだ探してる途中(笑)。でも、それでいいかなって。答えを出すことより、ずっと考え続けることが大事な気がして。

サチ: 私は「トランスカルチャー人間」って呼んでる。文化を超えて動ける人間。それが誇りです。

マイク: ふたつの文化の間で育つって、子どもの頃は辛かった。でも今は、それが自分の一番の財産だと思ってる。どっちの側からも物事を見られるって、すごい強みだから。


彼らの言葉には、葛藤も、誇りも、ユーモアも、全部詰まっていた。「日系アメリカ人」という言葉が指す存在は、ひとつじゃない。それぞれの家族の歴史、育った土地、出会った文化——そのすべてが絡み合って、今の彼らがいる。そしてその複雑さこそが、日系コミュニティの豊かさそのものだと、この対話を通じて改めて感じた。

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