日刊スポーツ九州トップ > アビスパ福岡トップ > 【福岡連載1】若手育成、再生するしかなかった
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05年11月25日
福岡が5年ぶりのJ1復帰を決めた。当初、1年での昇格を目標にしたJ2リーグで4年間を費やした。低迷、再建、そして念願のJ1復帰へ。チームは揺れ、そして、最後は一丸となって復帰を果たした。4年間の苦闘と未来図を5回にわたり連載する。
日韓W杯が開催された02年、福岡はJ2での1年目を戦った。大方の予想はV候補筆頭。しかし、結果は期待を裏切る8位に終わった。落ちるところまで落ちた。今井監督の就任時から一体感がなく、中村監督が就任した際には一部ベテラン選手が練習ボイコットを計画するなどチームは事実上、内部崩壊していた。
02年オフ、クラブはチーム方針の大転換を強いられた。収入は前年比3億円減。しわ寄せはチーム編成費を直撃した。補強に頼れず、若手を育て、戦力とする以外に道がなかった。監督を退いた中村管理強化部長は各地で出番を失った選手たちを見て回った。「超一流にはなれなくても、戦力になれる要素がありそうな選手を探した」。DF川島やMF古賀らを呼び寄せたほか、FW有光、MF山形恭らを練習生からプロとして採用した。
「再生工場」を任されたのが松田監督だった。「若いチームなんで修羅場をくぐる経験は大きい。J1昇格を争うチームという重圧がある。心臓もバクバクするでしょう。そこを制御できて、初めていい選手になる」。03年は開幕3連敗で前半戦は最下位スタートも、後半戦は“リーグ首位”。4位までばん回し、翌年への布石を打った。
昨年は終盤の8連勝で入れ替え戦へ出場したもの、安定性を欠いた。ただ、2年間で松田監督の言う「経験不足」は解消。オフにはDF増川(名古屋)、MF米田(京都)という主力を放出したが、その移籍金収入で戦力補充。苦しいやりくりの中で、タフな戦いを続けた。J1昇格を果たした今季、連敗は2度しかない。「負けを引きずらない強さがついた」と中村部長は振り返った。
降格初年度、平均入場者数は6400人と前年から半減した。試合の商品価値の低下に成績不振が追い打ちをかけた。だが、松田監督の就任で1年に1000人ずつ回復し、今季は1万人を突破。成績は営業面にプラス効果をもたらしていった。【押谷謙爾】