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05年9月23日

ルーキー高橋秀が窮地救った!プロ初勝利!

<ソフトバンク7−1ロッテ>◇22日◇千葉マリン

 今季最大の窮地を、ルーキー右腕が救った。プロ3試合目の登板、先発は4月20日オリックス戦以来のソフトバンク高橋秀が、勢いに乗るロッテ打線相手に6回途中まで1失点と好投。頂上決戦の連敗を3で止め、ゲーム差を再び3に引き離した。堂々のプロ初勝利に「(1軍に帯同した)この3試合、ずっとマウンドで投げているイメージをもっていた。それがよかった。最高にうれしいです」と胸を張った。

プロ初勝利を飾った高橋秀(右)は王監督に祝福され笑顔を見せる(撮影・梅根麻紀)
プロ初勝利を飾った高橋秀(右)は王監督に祝福され笑顔を見せる(撮影・梅根麻紀)

 満を持して登板してきたロッテのエース清水に、投げ勝った。右横手から最速148キロの直球と、鋭く曲がるスライダー、落差のあるカーブでほんろうした。6回途中まで4安打6四死球と、荒れに荒れたが、それも持ち味。6三振も奪った。ウエスタン・リーグで22イニング連続奪三振の新記録を樹立した新人右腕は、大一番で持ち味を存分に発揮した。

 最大の武器は、強心臓とクレバーさを兼ね備えているところだ。2軍でも120回2/3を投げ、67四死球と、いつも制球に苦しんできた。この日も苦しいはずが、何度もマウンドで笑っていた。小川スカウト部長は振り返る。「高橋秀の一番いいところは自分を知っている。大学時代から、そういうところがあった。自分をコントロールできる男」。実は、笑うのは意味がある。緊張が極度に達した状態で、指先に影響が出ないように、あえて笑うのだ。

 王監督も必死だった。篠原、岡本とV経験のある投手を緊急昇格させ、テコ入れ。6回には自らマウンドに向かい、2番手三瀬にゲキを飛ばした。土壇場で踏ん張っての1勝に「ウチの選手が必死なところを表してくれた。みんながよくやった」。シーズン1位マジックは3。ソフトバンクが、最大の難関を乗り越えた。【松井周治】



高橋秀アラカルト
 ◆生まれ 1982年(昭和57)8月26日、群馬県太田市生まれの23歳。

 ◆サイドスロー 大阪・盾津高入学直後、監督の勧めでオーバースローから転向。入学時には115キロだった球速が、高3夏には最速141キロに成長。今年のフレッシュオールスターでは、自己最速となる151キロを計測。

 ◆外国語 父恒一郎さんの仕事の都合で、小6から中2の途中までの約2年半、インドネシアの首都ジャカルタに居住。現地のインドネシア語で、あいさつ程度は話すこともできるとか。

 ◆食事 すしが大好物。「福岡は海が近いし、魚介類が抜群においしい。あと、肉はある程度食べると味が一緒だけど、魚介類はバラエティーに富んでいる。飽きることがない」。一番好きなネタはサーモン。

 ◆サイズ 181センチ、77キロ。右投げ右打ち。足のサイズ28センチ。握力は右55キロ、左48キロ。血液型A。


 ソフトバンク尾花投手コーチ(プロ初勝利の高橋秀に)「今日は良かったね。もっとスタミナがつけば、先発としてやっていけると思う」


両親もスタンド観戦
○…スタンドでは高橋秀の父恒一郎さん(53)と母美津江さん(51)が、息子のプロ初勝利を見届けた。高校、大学時代を通じ、息子が登板する試合を観戦すると全敗という悪いジンクスがあったため、この日はお忍びで実家のある大阪から上京。美津江さんは「今日は(高橋)秀聡に黙って応援に来たんですよ。ようやく悪いジンクスを断ち切ることができました。あとで(球場に)来てたことを伝えないといけませんね」と声を詰まらせていた。

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